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日本語と中国語のあいだ

我是個在学習漢語的日本人

写真で世界を切り取ってみる。②

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もう春ですね。春の訪れを切り取ってきました。

 

相変わらずぼちぼち写真撮ってますよ。カメラを持って出かけるの楽しい。まぁ、今どきみんなスマホ持ってるわけだけど、、。カメラだと撮ることだけに集中できるよね。

 

写真は時間をとめてしまう装置であること。これってやはり、決定的なことじゃないですか。人間は時間をとめてみたいという欲望を、ずっと抱えてきたはずでしょう。それができてしまうんだから。僕は毎日、眼の前のものをとめたくてしょうがない。

 

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相変わらずカレー食べてますよ。料理にカメラを向けるのはなんか新鮮。まぁ、スマホでよく撮ってるけど、、。

 

写真を一枚撮るということは、自分の欲望を一つ見つけること、対象化することですから。

まぁ、カメラで日記をつけているようなものなんだ。 

 

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写真で世界を切り取ってみると、なんでもない一瞬がちょっとしたアートになる。(完全に自己満だけど。)ふだん、何気なく見過ごしてしまうような風景にも、通り過ぎていく時間にも、シャッターを切るという行為をすると、とても綺麗な素晴らしいアートがたくさんあることに気が付く。

 

 どんなにいい展覧会とか個展を美術館で見ても、美術館を出たあとの外の景色のほうがよっぽどアートしてるよね。

 

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冬の海。あまり天気よくなかったので、白黒にしてみた。

 

実はもう世界のすべてはあらかじめ写しつくされているんだ、という感覚を僕はいつも気持ちの隅っこに持っていてね。そして、カメラという複製ツールができてからは、もう外界は何重にも何層にも複写されつくしている。

 

、、、


カメラを持って2週間。写真家を気取ってみている。言葉で綴ること。写真で切り取ること。自己満かもしれないけど、それでいい。

 

だって、路上で写真を50年以上撮り続けてる写真家の森山大道さんもこう言っているんだから。

 

ぼくの一等シンプルな写真論は、「写真は思い出である」のひと言である。

 

 

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■LINE@いま、ここ。
 
 
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